TONARIの 色撮り撮りの「野外彫刻」

平和記念公園の野外彫刻
広島県広島市中区中島町 平和公園

《嵐の中の母子像》 本郷新
嵐の中の母子像

 平和公園の入り口中央にあり、この場所を代表的する彫刻だと思われる。が、平和公園を訪れる人の導線は、資料館入り口がある東側がメインで、西側がちらほらという感じであり、中央にあるこの彫刻を観てから中に入る人は少ないのがちょっと残念である。

 赤子を抱いた母と、後ろから抱きつこうとする幼子を凝縮しているような作品である。
 低い姿勢で足を踏み出した姿は嵐の中で子供たちを守ろうとする母親の姿を切り取ったように思える。
 そんな光景がこの母子以外にも無数に存在していたのである。生きていく力強さを感じるが、この母子の行き先は絶望や苦難であることを想像させる。
 

 撮り直しをしたいと思って再訪したのだが、まだ形を捉え切れていないので、また撮影に来る必要がありそうだ。
 団体客はここを通らないのだが、徒歩で来た人や、バスで来た人は正面から入るので、この像に気づいて写真を撮っている。(2026.5.24撮影)
 

《若葉》 園鍔勝三
若葉

 小鹿と仲良くする少女の像。若葉の頃の優しく軽やかな光景である。
 平和とは何かと問われれば、千差万別の答えがあるので即答は難しいが、恐怖を感じることなく生活ができる、このような世界が一つの答えだろうな。
 
若葉
(2026.5.24撮影)

《原爆犠牲国民学校 教師と子どもの碑》 芥川永
原爆犠牲国民学校 教師と子どもの碑

 力なく身体を垂らす子供とそれを苦悶しながら抱き上げる教師。原爆に限らず、このような光景は現実として起こっている。
 戦争はいけないと言いながらも、争いはやまず、弱いところにそのしわ寄せがやってくる。
 顔をはっきりさせないことで想像力が掻き立てられる。
 タイミングが悪かっただけではあるが、鳥の糞?が大々的にかかっていた。大きな像なので毎日清掃はできないと思うが、ちょっと残念だった。
 また撮り直しに来ないといけないな。この写真だけを載せているのは良くないだろう。
 
原爆犠牲国民学校 教師と子どもの碑

 前回は汚れが目立っていたので撮り直しにやって来たのだが、完全な逆光で撮影は難しく、後処理で無理矢理暗部を持ち上げたので画質はかなり悪い。
 後ろ側にまだ汚れが残っているのできれいにしてほしいところだが、大きな像なので難しいのかな。

《平和記念ポスト》 圓鍔勝三

 見落としていたのだが、タクシー乗り場の近くに彫刻があった。雰囲気的に圓鍔勝三作だと分かる。
 郵便ポストの上で踊る男児と女児の裸像で、巻物で二人が繋がっている。男の子の方には音符が見え、女の子の方には鳩がいる。
 平和の歌声の音符を平和の象徴たる鳩が届けているというイメージだろうか。
 作品自体は小さいのだが、希望を感じさせる楽し気な作品である。
 実際に郵便ポストとしても使われているようで、集荷時間も書かれてある。(2026.5.24撮影)
 

《平和の門》 クララ・アルテール ジャン=ミッシェル・ヴィルモット
平和の門
 「平和」を表す49カ国語の言葉が書かれた10基の門が東西75mに並んでいる。
 「平和」の言葉で出来た門をいくつも潜り抜けた先には平和があるのかと言えばそんなことはないだろう。
 平和について考えることは大切ではあるが、平和は一朝一夕にできるものではない。一つ一つの問題を考えながら進んだ先に平和があるのだという作家のメッセージにも思える。地面にも薄っすらだが文字があり、平和の言葉が踏まれる位置にある。これは平和を踏みにじられることもあるとも取れるかもしれないが、地に足がついた議論を進める必要を説いたものであるという意味合いか。そこまで深読みしなくても良いか。
 街路樹が門の方にも枝を伸ばし、単体で見るよりカッコイイ。平和は人間だけの問題でははなく、地球の環境にも影響があることである。(2026.5.24撮影)
 

《愛と平和のモニュメント》 レイモン・ペイネ
愛と平和のモニュメント

 原爆慰霊碑を正面に見て左手にある広島国際会議場内に設置された彫刻作品。
 フランスの画家レイモン・ペイネの原案で、彫刻は若手彫刻家に依頼した作品とのこと。1989年の「海と島の博覧会」の会場に設置されたものが広島市に譲渡されたようである。調べたところ、山高帽の男性と女性が寄り添う「ペイネの恋人たち」シリーズで有名とのこと。この作品もその流れにあるものだろう。海島博には行ったことがあるのだが、何せ子供の頃のことなのでまるで覚えていない。まあ、そんなものである。

 男女が寄り添う造形で、頭の上には平和の象徴たる鳩が乗っており、他にも鳩が装飾のように羽ばたいている。足下には装飾的に植物が配され、自然の中で語り合っている様子が想像できる。おとぎ話的というか絵本的な印象の像である。牧歌的な理想郷のような世界観を感じる。

 外の地面は白く光が強いので完全な逆光状態となり、撮影は難しい。内側から照明を当てないと上手く撮れないがそれは無理であり、現像で暗部を持ち上げて明るくしている。こうすると画質が悪くなるがどうしようもない。肉眼でも細部は見えづらいが、実際に近くで見るほうが良い。
 背景は透明なガラスではなく、ペイネの世界観に沿った森を感じさせる壁紙だったりステンドグラス風のものがあれば作品が映えるような感じがする。逆光過ぎるので作品がシルエットになってしまっているのが残念である。(2026.6.21撮影)
 

《平和の人》 ジャン・ダニエル・ローラー

 2008年、姉妹都市提携10周年記念としてカナダ モントリオール市から広島市に贈呈された作品とのこと。
 「私たちは人を愛し慈しみ、優しい心を育むことで平和な世界を築いていかなければならない。私たちひとり一人が『平和の人』でありたい。」との思いが込められていると解説にある。

 人体を抽象化し、丸い頭とそれにつながる首、胴体は上部が広めで下に行くにしたがって細くなり、足元は少し膨らんでバランスをとっている。
 丸があって長方形があれば何となく人体を連想させるものである。頭部に顔の凹凸があるので、手足はなくとも人体であることが分かる。
 作者の言葉から推測するに、性別・人種・国籍などが特定されないよう抽象化されており、誰もが平和の人となり得ることを表現しているように思う。

 隣に設置されている《愛と平和のモニュメント》はフランス、この作品はカナダ。男女の寄り添いから平和を希求する優しい造形と、何者でも平和を実現する力となり得ることを示す造形との対比が見られる。

 こちらも外の反射が強いので完全な逆光状態であり撮影は難しいのだが、こちらの作品はシルエットでも構わないだろう。(2026.6.21撮影)
 

《和解》 ジョセフィナ・デ・ヴァスコンチェロス

 第2次世界大戦終結から50年経った1995年、平和の証としてイギリスのコベントリー市民を代表し、リチャード・ブランソン氏より寄贈されたもので、同一の作品が爆撃により廃墟となったコンベトリー大聖堂にも贈られたとのこと。解説板によれば「人類の尊厳と敬愛は、いかなる破壊力にも動じることなく惨禍を克服し、尊敬と平和のうちに国家と国家を結ぶ」ことを私たちに思い起こさせてくれるという。

 男女が体を投げ出すように抱擁している造形で、この体勢を維持することは難しいので、抱き合う一瞬を切り取ったものだろうか。「国家と国家」とあることから単なる恋人、夫婦ではない物語が背景にあるように思われる。(2026.6.21撮影)
 

《手に手を 平和にむかって》 ハルク・テズオナール

 トルコ・日修好航100周年にあたる1990年にトルコ・イスタンブール市から贈られた作品。
 重なった手は平和を実現するための友情を示しているとのこと。
 高みを目指す手にそれに従い支えようとする造形のように思われる。手というのは顔と同じく表情を表すものである。(2026.6.21撮影)
 

《祈り》 横江嘉純
祈り
 夫婦と母親に抱かれた赤子の三人の彫刻である。

 父親は空に向けて腕を開いて、亡くなられた方々に、これから生きていく自分たちを見てくれることを求めているようであり、母親と子供は合掌をしている。

 戦争で亡くなった方々への慰霊と、後を託された者たちの決意、といったところか。

《平和祈念像》 圓鍔勝三
平和祈念像

 三日月に足をかけてこれから空へと駆けていくような流れを感じる。
 左手に抱いた子供は黄金のラッパを吹き、その音色を世界に響かせようとするのだろうか。
 位置的に対となる横江嘉純の《祈り》は鎮魂や慰霊であるが、こちらは希望を感じさせる作品となっている。
 圓鍔作品は希望や生命賛歌を感じさせるものが多く共感できる。
 

《原爆の子の像》 菊池一雄
原爆の子の像

 平和公園で最も有名な彫刻だろうか。佐々木禎子さんをモデルとし、像の上には折り鶴を掲げた少女がおり、少年少女の像が側面にいる。
 下には捧げられた折り鶴が収められるスペースがある。修学旅行生は必ずここに来て原爆のお話を聞く場所である。
 

<アクセス>

左の地図を参照のこと。



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